8月の人件費高騰による倒産は18件。賃上げを続けられる額を判断する、支出・粗利・入金時期の確認表
賃上げの判断では、求人票に載せる金額だけでなく、その条件を既存社員にも説明でき、翌月以降も払い続けられるかを確認します。必要なのは「賃上げか、我慢か」の二択ではなく、増える支出、回収する粗利、支払う時期を一緒に見ることです。
この記事は、経営者が採用と資金繰りを兼ねている現場職の会社に向けたものです。最低賃金などの法令を守ることを前提に、採用条件を改定する前に経理・現場・採用担当で揃えたい情報を整理します。
倒産のニュースを「賃上げは危険」と読まない
東京商工リサーチが2026年9月8日に公表した8月の全国企業倒産は、負債1,000万円以上で830件、前年同月比3.1%増でした。人手不足関連は32件、そのうち人件費高騰を要因とするものは18件です。これは倒産企業の集計であって、賃上げした会社全体の失敗率ではありません。
人件費が増えて資金繰りを圧迫する会社がある一方、待遇を据え置いたことで必要な人員を確保できず、受注や営業を維持できなくなる可能性もあります。統計の件数だけを根拠に、自社は給与を上げないほうがよいとは判断できません。
編集部の見方は、賃上げ額の大小より、決める前の確認が重要だということです。採用担当が相場を見て給与を上げ、経理が支払月に初めて負担を知る。この分断を避けるため、決定に必要な数字を同じ紙にまとめます。
公的調査の労務費転嫁率50.0%を、賃上げ原資の点検に使う
中小企業庁の「価格交渉促進月間(2026年3月)フォローアップ調査」では、労務費の価格転嫁率は50.0%でした。2026年6月26日公表、調査全体の回答企業数は69,625社です。これは受注側中小企業の調査であり、先ほどの東京商工リサーチという民間調査会社の倒産集計とは、調査主体も対象も異なります。経済産業省の公表資料
この数字を「社員の給与を半分しか払えない」や「自社も半分は回収できる」とは読みません。増えた労務費を取引価格へ転嫁することと、給与を支払うことは別です。自社では改定する人件費を先に算定し、交渉済みの価格改定でどこまで賄え、いつ入金されるかを確認します。
求人の時給差ではなく、会社の支出差を出す
最初の試算は、現在の人員で増える額と、新たに採用した場合に増える額を分けます。募集人数分だけの計算では、既存社員との賃金差や会社負担の費用を見落とすためです。
時給で働く人なら「対象人数×引上げ額×対象時間」が出発点です。月給の人は、対象者ごとの改定前後の月額を並べます。そのうえで、会社負担の保険料、時間外手当への影響、賞与や手当の算定方法への影響を、自社の制度に照らして経理や労務担当と確かめます。率を一律に決め打ちせず、対象者と加入状況に合わせて確認してください。
たとえば、新人の募集時給だけを上げる案なら、同じ仕事を担う既存社員の現在額も横に置きます。熟練者が新人教育や判断を担っているのに、募集額だけが先に上がれば、差の理由を説明する必要が出ます。全員同額にすればよいという話ではなく、職務・役割・責任と賃金差の関係を確認する作業です。
集計の際は、実在社員の氏名入り一覧をそのまま広く共有しないようにします。経営と労務が個別額を確認し、現場責任者には役割別・区分別の必要な情報を渡すなど、目的に応じて範囲を決めます。
一時的に払える額と、毎月払える額を分ける
基本給など継続する支出は、継続して得られる原資と対にして考えます。今月だけの大口入金や一時的な利益を、そのまま翌年以降の余力とみなさないことがポイントです。
売上が増えていても、材料費や外注費が同じように増えていれば、人件費に回せる額は増えていないかもしれません。確認するのは売上総額だけでなく、仕事を引き受けた結果として残る粗利と、実際の入金時期です。会計上の利益と預金残高は別々に確認します。
値上げ交渉がまとまった場合も、合意日、改定対象となる受注、請求月、入金月を並べます。給与の改定月が先で、改定後の売上の入金が後なら、その間の支出をどう賄うかが別の論点になります。受注予定や交渉中の額は確定した入金に混ぜず、実現しなかった場合の資金推移も見ておきます。
原資が不足する場合、法令に反する低い給与や一方的な条件変更で埋めることはできません。新しい採用条件の決定を急がず、受注条件・業務量・設備・担当範囲を見直す判断へ戻します。すでに約束した労働条件の扱いは、個別事情を確認して専門家に相談してください。
賃上げ前の支出・入金確認シートの使い方
以下は実在企業の記録ではなく、社内で埋めるためのひな形です。経営者が経理・営業・現場の情報を同じ月軸で確認し、原資と資金手当てが揃うか判断する。空欄には自社の資料で確認した値だけを書き、分からない箇所は「未確認」と残してください。
原資をつくる議論を「もっと頑張る」で終わらせない
現場に求めるのは、同じ人数で無理に処理することではありません。売上につながらない手戻りや、契約に含まれていない仕事を具体的に特定し、誰が何を変えるかを決めます。
製造なら、再加工が起きた工程と原因の確認方法、建設なら、追加作業の依頼を受けた時点と見積・合意の流れ、運送なら、待機や荷役の発生と請求条件などを見ます。ここで挙げたものは点検対象の例であり、すべての会社で削減できる費用という意味ではありません。
現場責任者には「作業時間を減らせますか」だけでなく、「何を待っていたか」「やり直しを決めたのはどの確認か」「次回から誰に確認すれば防げるか」と聞きます。営業には「価格を上げられますか」ではなく、「次に条件を協議できる契約はどれか」「説明に不足する資料は何か」を聞きます。
中小企業庁の適正取引支援サイトでは、価格交渉促進月間の調査や労務費の価格交渉に関する情報を確認できます。こうした資料は交渉準備の支えになりますが、掲載された数字だけで自社の改定額が決まるわけではありません。自社の増加費用と提供条件を揃え、相手と協議する材料として使います。
採用担当と現場で確認する六つの項目
次の表は、社内で話し合うための確認例です。賃金制度の完成形ではなく、改定の判断に必要な不足情報を見つけるために使います。
| 確認すること | 話し合う相手と質問例 |
|---|---|
| 改定の対象 | 労務へ「既存社員と新規採用で対象はどう違うか」 |
| 毎月の増加支出 | 経理へ「付随費用を含めると、月ごとの差はいくらか」 |
| 継続する原資 | 営業へ「どの仕事で、いつから粗利が増える見込みか」 |
| 入出金の時期 | 経理へ「給与支払と改定後の入金にずれはないか」 |
| 現場側の変更 | 責任者へ「無理を増やさず改められる工程はどれか」 |
| 社員への説明 | 経営へ「差の理由と、次の確認時期を説明できるか」 |
資料が揃わない項目には、推定額を確定値のように書かず、確認担当と確認日を置きます。兼務で時間が取れない会社は、全職種を一度に作り直すより、今回募集する一職種から始めるほうが整理しやすくなります。
給与以外の改善は、給与の説明とセットにする
教育、勤務予定の見通し、評価の説明などは、働く条件を整えるうえで検討できます。ただし、それらを理由に必要な賃金の支払いを省いたり、採用時に給与の不利な条件を曖昧にしたりしてはいけません。
たとえば、入社後の役割と昇給判断を説明するなら、「成長すれば上がる」だけでは足りません。何の作業を、どの条件で任せられる状態を確認するのか。誰が、いつ確認し、結果をどう説明するのかを決めます。能力の確認が即座に昇給を約束する制度でないなら、その点も区別して伝えます。
改定後は、応募数だけで成果を判定しないでください。既存社員から出た質問、採用時の説明と入社後の認識差、実際の増加支出も確認します。想定と違った場合に、社員の期待が高すぎると片づけず、計算の前提や説明内容のどこがずれたかを戻って見ます。
まずは今回の募集職種について、改定前後の支出と入金の時期を一枚に並べてください。その表をもとに、経営・経理・現場で未確定の項目を埋めることが、採用条件を無理なく維持するための準備になります。
読んだ後に会社で決めること
経営者が責任者となり、次の求人条件を決める前に、経理へ「対象職種の改定前後の月額支出」、営業へ「合意済みの粗利増と入金月」、現場へ「見直せる作業条件」を依頼してください。成果物は、同じ月軸で支出・原資・入金を並べた一枚の資金見通し表です。
継続する原資と資金の手当てを確認できれば、必要な労務手続と社員への説明を進めます。価格改定が未合意、入金時期が不明なら、見込みを確定原資にせず、交渉・資金計画を再検討します。最低賃金への対応や約束済みの給与支払いを先送りする判断には使いません。未確定欄には担当者と回答日を残し、採用担当が単独で新条件を約束しない状態をつくります。
出典と確認日
- 中小企業庁「価格交渉促進月間(2026年3月)フォローアップ調査」(2026年6月26日公表)。労務費転嫁率50.0%。資料を読む
- 東京商工リサーチ「2026年8月の全国企業倒産」(2026年9月8日公表)。資料を読む
- 中小企業庁「適正取引支援サイト・価格交渉促進月間」。資料を読む
- 確認日・更新日:2026年11月1日。本文の点検手順は、資料を踏まえた編集部の運用提案です。個別の賃金・労務・資金計画は、自社の契約や制度に照らして専門家と確認してください。
著者:Unitas Pass編集部。Unitas Passは、現場職の会社の採用・定着・人事制度を支援する株式会社Unitasが運営しています。
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